SaaS利用規約の作成ポイント:免責・SLA・データ所有権
SaaS(Software as a Service)ビジネスにおいて、利用規約(Terms of Use)は商品そのものと言っても過言ではありません。 従来のパッケージソフト販売(売り切り)とは異なり、SaaSは「継続的なサービスの提供」であるため、規約で定めるべきポイントも大きく異なります。
本記事では、SaaS事業者が利用規約を作成・改定する際に押さえておくべき重要ポイントを解説します。
1. サービスレベル合意書(SLA)
SaaSはクラウド経由で提供されるため、サーバーダウンやバグによる停止リスクが常にあります。 「稼働率99.9%を保証する」といったSLA(Service Level Agreement)を定める場合、以下の点に注意が必要です。
- 保証の範囲: 何を「ダウンタイム」と定義するか(メンテナンス時間は除くなど)。
- ペナルティ: SLAを下回った場合、どのように補償するか。通常は「利用料金の減額(返金ではなく次月値引き)」とすることが多いです。損害賠償請求権まで認めるとリスクが高すぎます。
- 努力目標か保証か: 「安定稼働に努める」という努力義務にとどめるのか、数値をコミットするのかを明確にします。
2. 損害賠償と免責条項
SaaSの不具合により、ユーザーの業務が止まったり、データが消えたりした場合の責任範囲です。
消費者契約法への対応(B2Cの場合)
B2Cの場合、事業者の損害賠償責任を「全部免除」する条項は無効です(消費者契約法8条)。 また、事業者に「故意・重過失」がある場合は、賠償額の上限設定も無効となります。
B2Bの場合
B2Bでは契約自由の原則が適用されるため、ある程度強気な免責も有効です。
- 上限設定(キャップ): 「直近○ヶ月分の利用料金を上限とする」と定めるのが一般的です。
- 特別損害の排除: 「逸失利益(データが消えて営業できなかった分の売上など)については責任を負わない」と明記します。
- 重過失の例外: ただし、B2Bであっても「故意または重過失」がある場合の免責は、公序良俗違反で無効とされるリスクがあります。
3. データの取扱いと所有権
ユーザーがSaaSに入力したデータ(顧客情報、売上データなど)の権利関係です。
- データの所有権: 原則として「ユーザーに帰属する」と明記します。
- 利用権の許諾: ただし、SaaS事業者が「サービスの改良、統計データの作成」などの目的で、ユーザーデータ(個人情報を除く)を無償で利用できる権利を留保しておくことが重要です。これがないと、AIの学習データなどに活用できません。
- 契約終了後のデータ: 解約後、データは即座に削除するのか、一定期間(30日など)ダウンロード期間を設けるのかを定めます。
4. 料金改定(値上げ)条項
インフレやサーバーコストの高騰により、将来的に利用料金を値上げせざるを得ない場合があります。 「当社はいつでも料金を変更できる」と書くだけでは不十分な場合があります。
- 周知期間: 「改定の30日前までに通知する」
- 解約の機会: 「料金変更に同意できない場合は、改定日までに解約できる」 というプロセスを規定しておくことで、一方的な不利益変更という批判を避けられます。
5. サービス内容の変更・終了
「ある日突然サービス終了します」というのはユーザーへの裏切りになります。 主要な機能を廃止したり、サービス自体を終了したりする場合の予告期間(例:終了の3ヶ月前までに通知)や、免責(終了に伴う補償は行わない)についても定めておく必要があります。
まとめ
SaaS利用規約は、サービスの内容やビジネスモデル(FreemiumかEnterpriseか)によって最適な形が異なります。 「他社の規約をコピペ」で済ませず、自社のサービスリスクに合わせたオーダーメイドの規約を作成することが、将来の紛争を防ぐ唯一の方法です。
